LOVE展に、初音ミクが!

LOVE展 「初音ミク」

 

 森美術館で開催中のLOVE展で、最後の展示室には初音ミクが登場する。

 

 初音ミクとは何か。YAMAHAの開発した音楽ソフトの名称で、音符を打ち込めば簡単にオリジナルの音源が作成出来るというものだ。言葉を打ち込めば、歌として音源が作成できる。

 このソフトで作った作品をユーザーたちがネット上で共有する。「ピアプロ」というサイトで共有されると、それに別の誰かがイラストをつけてイメージと音楽の作品にする。さらに、また別の誰かがイラストを3D化する。するとまた別の誰かが今度は歌に合わせた振り付けをつくる。すると初音ミクは踊りだす。このような音楽ソフトが元となっているバーチャルなキャラクターを「ボーカロイド」と呼ぶ。

 初音ミクは常に多くのネットユーザーによって、二次創作、三次創作が繰り返される。それらのユーザーたちは、そうやって作り上げていくことを楽しむ。3人よれば文殊の知恵どころではない多次創作の総体が「初音ミク」である。たくさんのネットユーザーたちの愛が初音ミクを作り上げる。

 

 現代アートとして初音ミクが取り上げられているということは、とても興味深いことだ。一部の人気の高いバージョンでは著作権が主張されているものの、初音ミクは特定の誰かの作品ではない。しかも芸術作品として作成されたものではない。しかし、その総体は既に現代アートである。それは3D化のクオリティの高さとか、音楽的な質によるからではなく、インターネットの時代の不特定多数の人々のつながりが作り上げたものだという点において、現代アートなのだ。

 芸術は時代を写し、古い価値観に対して、新しい価値観を作り上げていくものである。芸術が特定の天才によって創作され、日展や二科展などの派閥の中から認知されるものであった時代は、IT技術とインターネットの普及によって、終わりを告げつつある。芸術は「鑑賞するもの」から、「作るもの」「作成に参加するもの」になり、誰でもクリエイターなのだ。

 誰かが作った初音ミクの音楽を「歌ってみた」とか、振り付けを「踊ってみた」という現象も起きて、女の子たちが「ダンスロイド」となってリアルに踊るという流れもある。

 初音ミクはIT時代の「リヴァイアサン」である。「リヴァイアサン」とは、市民革命の頃のイギリスにおいて、ホッブズが、王のことを「人々の意志の総体」として説明するのに用いた、王を象徴する怪物だ。現代において、初音ミクは、たくさんの人の多次創作の総体であり、彼らの存在の象徴である。音楽、美術、技術、ダンス、文芸、ハイカルチャー、サブカルチャーなど、あらゆる芸術分野の壁を越え、国境も越えて形成される。

 初音ミクは現代のインターネットが生んだ芸術現象である。

 

 森美術館での展示において、「初音ミクとは何か」という問いに、ネットユーザーたちは「アイコン」「自分たちをつなげるハブ」と答えている。この「つながる」という意識はインターネット時代の人々の意識の中枢にあり、そのつながりの中では、リアルな世界の社会的立場や力関係や経済力といったものがあまり影響せず、フラットな関係性がある。みんな、同様に発信者であり、表現者であり、鑑賞者なのである。

 

 かつて芸術は宗教や王や貴族の権威に奉仕するものであった。その後、市民革命を経て芸術は市民に解放された。美術館にある美術品は誰でも鑑賞することが出来るようになった。

 その後、写真やレコード、映画などの複製技術が発達して、都市のブルジョワでなくても多くの人が芸術作品に触れることが可能になった。より芸術は一般化し、一方で、芸術は権威に奉仕するものではなく、むしろ権威を否定するものとなり、芸術のための芸術になっていった。20世紀、人々にとって芸術は鑑賞するものであって、芸術家と大衆の間には大きな隔たりがあった。芸術家になるのは、才能と環境に恵まれ、強い意志を持つ特別の人だった。

 しかし、IT技術は、表現する手段を簡便化し、なおかつ安価にした。表現することの敷居を低くし、誰でもクリエイターの時代になった。今、芸術は何のためにあるのか。初音ミク現象にヒントはあるように思う。芸術は人々を「つなぐ」。

 

 20世紀においては、芸術とは難解なもので、一般人には理解できないもの、という印象があったが、近年の現代アートはそういった芸術の難解さを否定するものが多い。鑑賞者にも作成に参加してもらうことで作品が完成するといったものも多く見られるようになり、明解なコンセプトを持つものが中心である。鑑賞者が単に鑑賞者であるのではなく、積極的に関与すること、考えることを求める。美に奉仕する芸術家というよりも、芸術家は作品を通じて社会と関わりを持とうとする。六本木アートナイトでは参加型や体験型の作品が多かった。

 

 太古、絵画のはじまりと考えられるのは、ネガティブハンドと呼ばれるものだ。フランスのメルル洞窟などに残っている。これは、口に炭を含んで顔料にし、手を岩や壁にあてて手の輪郭にそって炭を吹きかける。そうすると手形が残る。芸術は人間の痕跡、存在証明を残そうとすることから始まった。

 そう考えるなら、より多くの人が関与し、痕跡を残すことが芸術の役割だ。参加型アートや初音ミク現象は、太古のネガティブハンドにも通じる芸術行為なのだ。

 

初音ミク music video [tell your world]

http://www.youtube.com/watch?v=PqJNc9KVIZE

 

台湾公演

http://www.youtube.com/watch?v=0BTkCMSuD-Y

 

 

コメントをお書きください

コメント: 1
  • #1

    Lindsey Napoli (金曜日, 03 2月 2017 07:45)


    Its like you read my mind! You seem to know a lot about this, like you wrote the book in it or something. I think that you could do with some pics to drive the message home a bit, but instead of that, this is fantastic blog. A fantastic read. I'll definitely be back.